うだけのことはいうんだから」
 ピエールさんが、とてもかなわないといったようすで、折れて出る。
「私が悪いならあやまりますが、いったいレエヌはなにが気にいらないというんです」
「頭痛がするといって寝ているのに、なぜひとりで放っといたりするんです。あれは、あなたの何にあたるひと?……今からそれじゃ、レエヌだってやるせながるのも無理はないでしょう。……とにかく、あたしの部屋へ来て、レエヌにおあやまんなさい」
「そんなことまで、あなたに指図《さしず》されなくてはいけないんですか」
「おや、大きな口をきくこと。なんでもいいから、あたしと一緒にいらっしゃい」
 アマンドさんが、眼顔《めがお》で、行ってやれ、と合図をする。ピエールさんが渋々と立ちあがる。
 エステル夫人は、またアマンドさんのほうへ向きかえって、
「ねえ、兄さん、あたしだって平和にやるほうが好きなんですよ。しかし、それにはそれだけのことをしてくださらなくては。……なにしろ、狭い船の中のことですからね。これは、けさもいいましたが、もういちど、ご注意までに申し上げときますよ」
 エステル夫人とピエールさんが出て行くと、ベットオさんは、お
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