とがなかったので、みな、あっけにとられて黙り込んでしまう。
 キャラコさんは椅子にかけて、おだやかにほほえんでいた。
 レエヌさんはまだ遠廻しにしかいっていない。お前、ここから出て行けとはっきりいったら、その時いってやることは、ちゃんときまっている。それまではじっとしていればいい。しかし、これは、なかなか勇気のいることだった。胸がふるえて来てとめようがない。
 キャラコさんは、やはり聡明だった。この騒ぎは、これ以上発展しなかった。ピエールさんが、やさしい口調でなだめて、とうとうしずめてしまった。
 みなの眼が、じっとレエヌさんを眺めている。さすがにレエヌさんもいにくくなったと見え、椅子から立ちあがると、扉《ドア》のところで、憎悪をこめた眼つきでキャラコさんのほうをふりかえって、
「ミリタリズム!」
 と、聞えよがしにつぶやいて、出て行った。
 これは、すこしひどい。
 みなが、ハッとしたようすで、キャラコさんのほうをぬすみ見る。
 キャラコさんは、のんびりした声で、いう。
「もし、負けていたら、あたしだったら、もっと腹を立てかねませんわ。……負けるって、あたし、ほんとうに嫌いよ。……ほ
前へ 次へ
全73ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング