んは、べつべつにつがれる葡萄酒を、すこしずつ飲んで見る。料理と酒がなんともいえない諧調和《アルモニイ》をつくって、口の中が夢のようにおいしい。美食学というのも大したものだと思って感心する。なんだか、世界が広くなったような気がする。
食卓の会話が、だんだん陽気になる。キャラコさんも、すこしずつ愉快になって、歌でもうたいたいような気持になる。となりをふりかえって見ると、イヴォンヌさんも赤い顔をしている。二人は顔を見合わせてニヤリと笑う。互いに、眼でやり合う。
(や、赤いぞ、赤いぞ)
(あなただって、そうよ)
食事がすんで娯楽室《バスチム》へ引き移ると、いつものように無邪気な遊びがはじまる。
ベットオさんが、この世へ生まれ出てから一番最初に覚えた歌を、できるだけ大きな声で唄うこと、という課題を出した。
優しいようでなかなか手ごわい課題だ。たれもかれも、みな、むずかしい顔をして幼い時の記憶をたどりはじめる。
ベットオさんが、最初はわたしが模範を示します、といって立ちあがる。ベットオさんは、独逸《ドイツ》の田舎の生まれだ。こんな童謡をうたい出す。
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鐘つけ、鐘つ
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