どすぎますわ」
「ほほう。……でも、われわれはそんなふうには感じていませんよ。つらいのは、この仕事の性質なんだから止むを得ません」
「でも、程度ってものがありますわ」
「われわれの仲間には、もっとつらいことをやっている連中だってありますよ。このくらいのことはとり立てていうほどのこともないでしょう」
「ともかく、もうすこしお休みにならなくては」
「有難う。充分休んでいます」
「そんなふうには見えませんわ。やせっこけて、今にも倒れてしまいそうよ。……それに、あなたは、たいへん咳をなさいますね」
 えぐれたように落ち込んだ頬に、ともしい微笑をうかべながら、
「咳はむかしからです。この仕事のせいではありません。……ゴホン、ゴホン。……ほら、なかなか調子よく出るでしょう。……生理的リズムといった工合ですな。これだって、馴れると、ちょっと愉快なものです」
 キャラコさんは、いいようがなくなって黙り込んでしまった。
 黒江氏は、熱をはかるために、無意識にちょっと額へ手をやって、
「……憔悴《しょうすい》しているのは、肉体ではなくて、むしろ気持のほうです。容易でないことは始めから予期していましたが、こ
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