合するような危険はないが、こんなところでは手当も充分ゆきとどかないだろうから、町までおろして入院させたらどうかということだった。
ところで、黒江氏のほうは、この小屋から出てゆくことをどうしても承知しないのだった。じぶんをひとりだけ町へおろすようなことはしてくれるなと哀願した。とりわけ、行き届いたキャラコさんの介抱を受けられなくなるのが心細いのらしかった。
ぜひそうしなければならぬというのでもなかったので、病人の望むようにさせることになった。
黒江氏は、キャラコさんが、ちゃんとじぶんの枕もとに坐っているのを見届けると、安心したようにこんこんと眠りはじめた。
怪我のほうもそうだけれど、こんな折に休養と栄養を充分とらせて健康を回復させてあげたいとかんがえて、その思いだけでキャラコさんの心はいっぱいだった。
まだ重湯が通るぐらいなので、元気のつくような食べものを喰べさせられないが、せめてさっぱりさせてあげようと思って、倒れたときのままの肌衣《シャツ》と靴下をはぎとりにかかった。
黒江氏は、この地球上にどこにも身の置きどころがないというふうに身体を固くしながら、ささやいた。
「ひどく
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