で、いった。
「医者を呼びに行くことはわれわれにだってできますが、介抱するほうはわたしどもではうまくゆきそうもないから、あなたは、どうか、ここにいて、こいつを見ていてください。……黒江にしたって、そのほうが心丈夫だろうし……」
 キャラコさんは、素直にうなずいた。
「あなたが、そうおっしゃるんでしたら、そうしますわ」
 カバード・コートを脱いで、袖《そで》をまくりあげると、酢酸をたらし込んだ冷たい水で、せっせと黒江氏の咽喉《のど》を湿布《しっぷ》しはじめた。
「黒江さん、あなた、熱もないんですし、それに、そんなふうに、しっかりと眼をあいていられるでしょう。けして、たいしたことはありませんの、すぐ癒《なお》りますわ。災難なんて部類にもはいらないくらいよ」
 キャラコさんの声の中には、ひとの心をなだめすかすような、明るい、しっかりした調子があって、それをきいていると、この世の中に、クヨクヨしたり、思いわずらったりするようなことは何ひとつないのだというようなのどかな気持になるのだった。
 朝の九時ごろになって、三枝氏が宇部《うべ》から医者をつれて来た。
 医者の意見では、差し当って火傷面が融
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