、よごれていますから……」
「ですから、サッパリしたのと取り換えましょうね」
「でも、……どうか、よしてください」
「じゃ、せめて、靴下だけでもとりましょう」
「しかし、きっと、ひどく臭うでしょうから……。このままにして置いてください」
「どうしても、いけませんの」
「死ぬよりつらいから、どうか、このままにしておいてください」
 ところで、小屋の災難は、これだけではすまなかった。

 一日において、その次の日、こんどは原田氏が落石の下敷きになって右足をつぶしてしまった。
 その日、三人は支柱のない危険な廃坑の中で働いていた。夕方ちかいころ、三人のすぐ横の岩盤が、きしるような妙な音を立てた。
 これが、災難のキッカケだった。根元のところから始った亀裂《きれつ》が、布を裂くような音を立てながら、眼にもとまらぬ早さで電光《いなずま》形に上のほうへ走りあがってゆき、大巾《おおはば》な岩側が自重《じじゅう》で岩膚から剥離《はくり》しはじめた。
 原田氏は、二人より比較的入口の近いところにいた。
 妙な音がするのでそのほうへふりかえって見ると、大きな岩側が、今まさに二人の上に倒れかかろうとしている
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