ないふうだった。
 キャラコさんは、この一行がどんな目的で丹沢山の奥へゆくのか、とうとう聞きだすことができた。たとえようもなく愛想のいいキャラコさんの問いかけには、この無愛想の山男も敵《てき》しがたかったのである。
 四人のうちで、比較的やさしげな、銀縁眼鏡の黒江氏が、重荷《おもに》そうな口調でだいたいのところをうちあけてくれた。

     二
 惨憺《さんたん》たるようすをしたこの四人の男は、じつは昨年の春まで、大学の研究室で『中性子《ヌウトロン》放射』の研究に没頭していた若い科学者たちだった。
 四人ながら、科学の研究にひたむきな熱情をそそぐことのできる誠実な精神のもちぬしだったので、戦争が始まると同時に熱烈に祖国を愛するようになった。
 四人の血管の中に脈々たる熱いものがたぎりたち、はげしい情感が息苦しく心臓をおしつけ、自分たちにふさわしい、できるだけ直接の方法で祖国の苦難に協力したいと考えるようになった。自分たちのまわりの人間が、祖国にたいしてあまりにも無関心なようすをしているのに、呆気《あっけ》にとられたことにもよるのである。
 慎重に意見を闘《たたか》わせたすえ、これから
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