ャラコさんは、手早く食事のあと片づけをすますと、すぐ白い前掛けをつけて実験室へ現われてくる。
 一週間もたたないうちに、キャラコさんは分析実験の段取りをすっかり覚えてしまった。
 キャラコさんは、額にむずかしい皺《しわ》をよせながら分析台のそばに立って、せわしそうに動く四人の手を注意深くながめている。そして、適当な時に、ツイと分析皿を差し出したり、アルコール・ランプに火をつけたり、無言で差し出す手にピンセットを渡してやったりする。
 キャラコさんはひとことも口をきかないばかりか、大きな呼吸《いき》さえしないようにしているので誰れもキャラコさんがそばに立っていることに気がつかない。仕事の区切りがついて、ひと息いれるとき、いままで円滑《スムース》に仕事がはかどっていたのは、キャラコさんが手助けをしていてくれたお蔭だということを知ってびっくりしてしまう。黒江氏が、いう。
「ほほう、またキャラコさんだったんですね」
「ええ、そうよ、あたしですわ。幽霊ではなくてよ」
 三枝氏が、感嘆したような声をだす。
「たしかにそれ以上ですよ。……僕は原田がそばにいるのだとばかし思っていた」
 山下氏が、生真
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