でひるがえる旗のようなものがほしかったのである。
家政的《ドメスチック》なことでは、あまり、感心したような顔をしない四人の科学者たちも、キャラコさんのこの思いつきには、心から賛同した。原田氏が、いった。
「すこし参りかけたとき、谷底から小屋の旗を見あげると、ふしぎに元気が出てくる」
キャラコさんの頭のうえで、その虹色の旗が、この小屋の五人の希望の象徴のように、力強い音をたててハタハタとひるがえっている。
もう、正午《ひる》ちかいのに、なかなか合図がない。キャラコさんは、檣《マスト》の下まで行って、額に手をかざして谷底をのぞき込む。
渓流にそった広い河原は、陽の光でいちめんに白くかがやき、その白光のなかで、四人が崖を削ったり、石をくだいたり、めざましく働いているのが蟻のように小さく見える。槌《つち》で石をうつ音が、いくつもいくつも山彦をかえしながら気持よく響いてくる。
カチン、カチンという音は、いつまでたってもなかなかやみそうもない。腕時計を見ると、もう一時近くになっている。
キャラコさんは、そろそろ心配になってくる。
「また、ひるご飯を忘れそうだわ」
大きな声で、おうい、
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