で、こたえた。
「おし退《の》けたのが、気にいらなかったのだろう」
 いちばんうしろにいた、牛のようなどっしりと頑丈な男は、
「|妙なやつ《コーミッシェス・メーデル》」
 と、吐きだすようにいうと、小山のような背嚢《ルックザック》をゆすりあげてサッサと歩きだした。
 キャラコさんは、うまく追いつけたのでうれしくてたまらない。そうするのが当然だというふうに、いかにも自然なようすで四人の山売のうしろにくっついて歩きながら、愛想よく言葉をかける。
「これから、どこへいらっしゃるの?」
 だれも返事をしない。みな、ひどく肚《はら》を立てているような不機嫌なようすをしている。
 キャラコさんは、じぶんのいったことが聞えなかったのだろうとおもって、いちばんうしろからゆく、瘠《や》せた、細面《ほそおもて》の、どこかキリストに似たおもざしの頤髯《あごひげ》の男に、もう一度たずねてみる。
「どこへ、いらっしゃるの」
 銀縁《ぎんぶち》の古風な眼鏡をかけた瘠せた男は、見かえりもせずに、しめった声で、
「丹沢《たんざわ》の奥へ」
 と、こたえた。
 キャラコさんには、この一行がどんな職業の人間かわからないが
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