って仔細に眺めて見ると、水苔に魚が突ついた口のあとがついている。
「うまい工合ね。このぶんなら、たしかに山女魚《やまめ》ぐらいはいそうだわ」
岸からそっと身体をひいて、骨を折って大きな蠅を一匹つかまえて羽根をむしって水の上へ落してやると、まるで待ちかねてでもいたように、水の面《おもて》がはげしく動いて、キラリと鱗《うろこ》を光らせながら、虹色の魚が飛びあがりざま、パクリとそれをのみ込んでしまった。四寸ぐらいもある美しい虹鱒《にじます》だった。
キャラコさんが、うっとりとした声を、だす。
「虹鱒だわ! なんて、すばらしいこと!……水芹《クレッソン》があって、そのうえ虹鱒まであったら、帝国ホテルのご馳走にだって負けはしないわ。……これじゃ、愚痴どころではないようね。貧弱なところだなんていったのは取り消してもいいわ」
キャラコさんは、うれしくて胸がドキドキしてきた。
「フライにして、レモンをかけて喰べてもいいし、塩焼きにしてもいいわね。利用の方法はいくらでもあるわ。それはそうと……」
それはそうと、この虹鱒をどうして捕まえようというのです。気をきかして、虹鱒が自分からフライ鍋の中へは
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