だす。
「おやおや、ずいぶん貧弱なところね。せめて、蕨《わらび》か蕗《ふき》の薹《とう》ぐらいあったっていいはずなのよ。木苺がこれぽっちとはあんまりだわ。……この分では、川のほうだってあまり期待ができないらしいわね」
 キャラコさんは、ひとりでブツブツいいながら裏山をおりて川の岸までゆくと、すこしくい込んだ、沢のようになったところに、あさ緑の水草のようなものが密々《みつみつ》と生えている。見ると、それは水芹《みずぜり》だった。
 キャラコさんは、夢中になって手をたたく。
「あら、水芹があるわ!」
 手でさわって見ると、みずみずしい、いかにもおいしそうな水芹だった。
「これで、おひたしのほうは片づいた。……仏蘭西掛汁《フレンチ・ドレッシング》をかけてサラダにしてもいいし、お味噌汁の中へ入れてもいいわけね。……これだけあったら、充分二三日は喰べられるわ。……待っていらっしゃい、帰りにたくさん摘《つ》んであげるわ。……こんどは魚《さかな》のほうだけど、うまく、何かいてくれるかしら……」
 岸について川上へのぼってゆくと、すこしよどみになって深い瀬《せ》へ出た。水の中へ手をいれて川底の石をひろ
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