「なに、って、いつもの通りです」
「いつもの通りって?」
「つまり、いま喰べたようなもの」
「その前の日は?」
「べつに、変わったことはありません」
「それで、お炊事なんか、どうなさるの?」
 黒江氏は、ふしぎそうな顔で、キャラコさんのほうに振り返りながら、
「お炊事、って、なんのことです」
「ご飯なんか、どんなふうにしてお炊《た》きになるの」
「ああ、その事ですか。……飯《めし》なんか炊《た》いたことはありませんよ。米は持っているには持っているんですが、とても、そんな時間がないもんだから」
「すると、毎日、朝も夜も乾麺麭《かんパン》ばかり喰べているってわけなのね」
「そうです。この半年ばかり、ずっとこんなふうに簡便《かんべん》にやっているんです。……それでなくとも時間が足らないんだから、できるだけそんなことを切りつめなくては」
「でも、そんなことばかりしていて、身体のほうはどうなるんですの」
「身体?……身体のことなんか関《かま》っていたら仕事なんかできやしません。そのほうは、当分おあずけです。……喰わないわけじゃない、ともかく、キチンキチンと喰べているんだから……」
「乾麺麭《か
前へ 次へ
全59ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング