つの鉱山は、この四人にたいして、なんの好意も示さなかった。
 どの鉱山《やま》も掘れるだけほりつくされていて、一パーセントの金さえ単離させることができなかった。熱情と刻苦《こっく》にかかわらず、この一年のあいだなんら酬《むく》いられるところがなかったのである。
 この四人の山の餓鬼《がき》は、いま最後の鉱山にむかって疾駆をつづけている。火のついたような期待と科学者の熱情が一分間も四人を休ませない。丹沢山塊の奥に眠っている金色をした不生物が、絶えずやさしげな声で四人を呼んでいる。……
 キリストのような顔をした若い助教授は、こんなに委曲《いきょく》をつくしたのではなかった。が、四人のひどい憔悴《しょうすい》の仕方を見ると、ごく簡単な説明だけで、この一年の辛苦が、どんなにひどいものだったか充分に想像できるのだった。
 キャラコさんは、思わずため息をついた。
「たいへんだ」
 黒江氏が、重厚な口調でいった。
「かくべつ、たいへんなどというようなことではないです」
「でも、それでは、あまり過激ですわ」
 黒江氏は、ひどく咳き込みながら、
「過激というと?」
「休む時間もないというのは、あまりひどすぎますわ」
「ほほう。……でも、われわれはそんなふうには感じていませんよ。つらいのは、この仕事の性質なんだから止むを得ません」
「でも、程度ってものがありますわ」
「われわれの仲間には、もっとつらいことをやっている連中だってありますよ。このくらいのことはとり立てていうほどのこともないでしょう」
「ともかく、もうすこしお休みにならなくては」
「有難う。充分休んでいます」
「そんなふうには見えませんわ。やせっこけて、今にも倒れてしまいそうよ。……それに、あなたは、たいへん咳をなさいますね」
 えぐれたように落ち込んだ頬に、ともしい微笑をうかべながら、
「咳はむかしからです。この仕事のせいではありません。……ゴホン、ゴホン。……ほら、なかなか調子よく出るでしょう。……生理的リズムといった工合ですな。これだって、馴れると、ちょっと愉快なものです」
 キャラコさんは、いいようがなくなって黙り込んでしまった。
 黒江氏は、熱をはかるために、無意識にちょっと額へ手をやって、
「……憔悴《しょうすい》しているのは、肉体ではなくて、むしろ気持のほうです。容易でないことは始めから予期していましたが、こうまで手答えがないものだとは考えていなかった。……研究室の中でなら仕事の過程のうちで、ちょっとした反応がわれわれを慰めてくれたり、希望を与えたりしてくれるもんなんですが、なにしろ、掘れるだけ掘ってしまったあとばかし行くんだから、そこから金を探そうというのは、空気の中でクリプトンを探すよりまだむずかしい。いくら科学の力でも、腐土《ふど》を金にするわけにはゆきませんからな。しかしね、……」
 急に快活な口調になって、
「しかし、今度はどうやらうまくゆきそうです。……今まではね、上総掘《かずさぼ》りというのでやっていたんですが、今までの失敗は、たしかに方法が不完全だったせいにもよるんです。……ところで、こんど、東京で電気|試錐《しすい》機というやつを仕入れて来ましたから、こいつでなら、必ずいい成績をあげることができると思うんです。……その一部分はこの中へ入っていますが、相当しっかりしたやつなんです」
 子供が玩具《おもちゃ》でも楽しむように、眼鏡の奥で眼を細くして笑いながら、手をうしろへ廻して、ポンポンと背嚢《ルックザック》をたたいて見せた。
 須走《すばしり》の方へ峠を降りきると、四人は昼食をするために道ばたへ立ちどまった。
 背嚢《ルックザック》から乾麺麭《かんパン》の包みを取りだすと、掌《てのひら》の中でこなごなにくだき、たいへん熟練したやりかたで唾《つば》といっしょに鵜《う》飲みにしてしまう。
 一枚すむと、すぐ次の一枚にとりかかる。これを、腰もおろさずに立ったままでやっつけるのだった。
 昼食は三分とはかからなかった。
 口のまわりの乾麺麭《かんパン》の粉を払い落として、水筒の水を一杯ずつ分けて飲むと、背嚢《ルックザック》をゆすりあげてサッサと歩き出した。
 キャラコさんは、これだけのことで、この四人の連中が、今までどんな無頓着な日常を送っていたか、なにもかもわかるような気がした。
 仕事に魂をうばわれた、この狂人《きちが》いじみた科学者たちは、まともな食事をするのをめんどうくさがって、朝も晩も乾麺麭《かんパン》ばかり喰べてすましているのにちがいなかった。四人の仕方で、それがはっきりとわかるのである。
 キャラコさんが、やさしく訊問《じんもん》した。
「ずいぶん手軽にすみましたね。……けさは、なにをお喰《あが》りになったの?」
 黒江氏が、大儀そうに、こたえた。
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