、なにか大急ぎに急いでいることだけははっきりとわかる。いったい、どんなさしせまった用事で、こんなに夢中になって急いでいるのだろう。
 じっさい、一風変わった一行だった。まるで、敵でも追撃するような勢いで疾走してゆく。立ちどまりもしなければ口もきかない。必要があると、ごく短い簡単な言葉を互いにす早く投げあう。外国語らしい言葉もときどきまじる。山窩《さんか》のようなむざんなようすをした男たちの口から、そんな言葉がとびだすのが、だいいち、いぶかしい極《きわ》みだった。面《おも》ざしはいちいちちがうのに、なぜかひとつの顔のような印象をあたえる。この四つの顔は、ひどくさしせまった同じ表情でつらぬかれているのだった。
 キャラコさんは、他人の生活に無《ぶ》遠慮に立ちいるようなたしなみのない娘ではない。他人のことに興味などを持ちたがらないのが自分のねうちだとさえ思っているのだが、この奇妙な一行には、なぜか、つよく心をひかれた。なんのためにそんなに血相をかえて急いでいるのかきいて見たくなって、のんきな顔をしながら四人のあとについて歩き出した。四人のほうでは、キャラコさんのことなどは、てんで問題にしていないふうだった。
 キャラコさんは、この一行がどんな目的で丹沢山の奥へゆくのか、とうとう聞きだすことができた。たとえようもなく愛想のいいキャラコさんの問いかけには、この無愛想の山男も敵《てき》しがたかったのである。
 四人のうちで、比較的やさしげな、銀縁眼鏡の黒江氏が、重荷《おもに》そうな口調でだいたいのところをうちあけてくれた。

     二
 惨憺《さんたん》たるようすをしたこの四人の男は、じつは昨年の春まで、大学の研究室で『中性子《ヌウトロン》放射』の研究に没頭していた若い科学者たちだった。
 四人ながら、科学の研究にひたむきな熱情をそそぐことのできる誠実な精神のもちぬしだったので、戦争が始まると同時に熱烈に祖国を愛するようになった。
 四人の血管の中に脈々たる熱いものがたぎりたち、はげしい情感が息苦しく心臓をおしつけ、自分たちにふさわしい、できるだけ直接の方法で祖国の苦難に協力したいと考えるようになった。自分たちのまわりの人間が、祖国にたいしてあまりにも無関心なようすをしているのに、呆気《あっけ》にとられたことにもよるのである。
 慎重に意見を闘《たたか》わせたすえ、これから一年間、研究室のレトルトや電離函から離れ、四人の努力で一つでも多くの廃棄金山を復活させようと申しあわせた。これが、自分たちの力でなしうるもっとも適切な仕事だと考えたからである。
 この四人の若い学者たちは鉱山学にも深い知識をもっていたので、この仕事がどんなに困難なものか、最初からはっきりと知っていた。知識ではなく、不撓《ふとう》不屈の精神だけがこの仕事をなしとげさせるであろうということも。
 四人は、日本中の廃棄金山の鉱床《こうしょう》を調べ、過去の鉱量を精密に計算して、もっとも有望だと思われる六つの鉱山を選び出すと、四月のある朝、腰に砕《さい》鉱用の鉄鎚《スレッチ》をはさみ、耳おおいのついた古びた眼出帽《めだしぼう》をかぶり、首にタオルを巻きつけ、小山のような背嚢《ルックザック》を背負って、まず北陸へ向って出発した。
 この大きな背嚢《ルックザック》は、探鉱《プロスペクチング》と分析に必要な器械や薬品類だけが詰め込まれ、生活に必要なものはこっけいなほど無視されていた。――一枚の寝袋《スリーピング・バッグ》、共同の一つのコッフェル、フォークのついた五|徳《とく》ナイフ、コップが一つ。これで、全部だった。食べるためには米と味噌。そのほかに、蝋マッチひと包みだけはいっていた。
 戦場の兵士と同じ労苦をあえてしようという素朴の感情のほかに、自分らの肉体に精密器械のような緻密性を課したのである。
 廃鉱にたどりつくと、息をつく間もなく採鉱を開始する。
 重力偏差計で鉱脈をさがし、傾斜儀《クリノメーター》や磁力計で鉱床の位置をきめ、『直り』を探り、露頭を削り、岩層を衝撃し、鉱石をくだき、※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]《わん》掛し、樋《とい》で流し、ピペットで熱し、時計皿にかけ……、未明から夜なかまで、鉱夫のするはげしい労働から分析室の仕事までを、全部自分たちでやってのけた。
 四人ともすっかりやせこけてしまい、顔のなかに、寄りつきがたいような辛辣《しんらつ》な表情が彫りこまれるようになった。
 完膚《かんぷ》ないまでにひとつの鉱山をやっつけると、この切迫した表情と、いよいよ昂揚する精神をひっさげて、疾風のようにつぎの鉱山へ乗りこんでゆく。この労働にささげない一|分《ぷん》は、むだな一|分《ぷん》だというふうに。
 こんなひどい苦労をつづけてきたが、いままでの五
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