、なにか大急ぎに急いでいることだけははっきりとわかる。いったい、どんなさしせまった用事で、こんなに夢中になって急いでいるのだろう。
じっさい、一風変わった一行だった。まるで、敵でも追撃するような勢いで疾走してゆく。立ちどまりもしなければ口もきかない。必要があると、ごく短い簡単な言葉を互いにす早く投げあう。外国語らしい言葉もときどきまじる。山窩《さんか》のようなむざんなようすをした男たちの口から、そんな言葉がとびだすのが、だいいち、いぶかしい極《きわ》みだった。面《おも》ざしはいちいちちがうのに、なぜかひとつの顔のような印象をあたえる。この四つの顔は、ひどくさしせまった同じ表情でつらぬかれているのだった。
キャラコさんは、他人の生活に無《ぶ》遠慮に立ちいるようなたしなみのない娘ではない。他人のことに興味などを持ちたがらないのが自分のねうちだとさえ思っているのだが、この奇妙な一行には、なぜか、つよく心をひかれた。なんのためにそんなに血相をかえて急いでいるのかきいて見たくなって、のんきな顔をしながら四人のあとについて歩き出した。四人のほうでは、キャラコさんのことなどは、てんで問題にしていないふうだった。
キャラコさんは、この一行がどんな目的で丹沢山の奥へゆくのか、とうとう聞きだすことができた。たとえようもなく愛想のいいキャラコさんの問いかけには、この無愛想の山男も敵《てき》しがたかったのである。
四人のうちで、比較的やさしげな、銀縁眼鏡の黒江氏が、重荷《おもに》そうな口調でだいたいのところをうちあけてくれた。
二
惨憺《さんたん》たるようすをしたこの四人の男は、じつは昨年の春まで、大学の研究室で『中性子《ヌウトロン》放射』の研究に没頭していた若い科学者たちだった。
四人ながら、科学の研究にひたむきな熱情をそそぐことのできる誠実な精神のもちぬしだったので、戦争が始まると同時に熱烈に祖国を愛するようになった。
四人の血管の中に脈々たる熱いものがたぎりたち、はげしい情感が息苦しく心臓をおしつけ、自分たちにふさわしい、できるだけ直接の方法で祖国の苦難に協力したいと考えるようになった。自分たちのまわりの人間が、祖国にたいしてあまりにも無関心なようすをしているのに、呆気《あっけ》にとられたことにもよるのである。
慎重に意見を闘《たたか》わせたすえ、これから
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