いるうちに、双方の距離がだんだん縮まってきた。
峠のてっぺんで、とうとう四人を追いぬいた。
キャラコさんは、くるりと四人のほうへふりかえると、のどかな声で、いった。
「ほらね、早いでしょう」
泥だらけの四人の鉱夫は、ちょっと足をとめると、なんだ、というような顔つきで、いっせいにキャラコさんの顔を見すえた。
無精髯《ぶしょうひげ》が伸びほうだいに顔じゅうにはびこり、陽に焼けた眉間《みけん》や頬に狡猾《こうかつ》の紋章とでもいうべき深い竪皺《たてじわ》がより、埃《ほこり》と垢《あか》にまみれて沈んだ鉛色《なまりいろ》をしていた。
四人ながら、顔のどこかにえぐったような傷あとをもっていて、このどうもうな顔をいっそう凄まじいものにみせる。どんな残忍なことでも平気でやってのけそうな酷薄《こくはく》な眼つきをしていた。
四人の山売《やまうり》は、けわしい眼つきでキャラコさんの顔をながめていたが、そのうちに、きわだって背の高い、冷やかな顔つきをしたひとりが、三人のほうへ振りかえって、ささやくような声で、いった。
「なにをいってるんだ、こいつ」
小さな、円い眼をした貧相な男が、無感動な声で、こたえた。
「おし退《の》けたのが、気にいらなかったのだろう」
いちばんうしろにいた、牛のようなどっしりと頑丈な男は、
「|妙なやつ《コーミッシェス・メーデル》」
と、吐きだすようにいうと、小山のような背嚢《ルックザック》をゆすりあげてサッサと歩きだした。
キャラコさんは、うまく追いつけたのでうれしくてたまらない。そうするのが当然だというふうに、いかにも自然なようすで四人の山売のうしろにくっついて歩きながら、愛想よく言葉をかける。
「これから、どこへいらっしゃるの?」
だれも返事をしない。みな、ひどく肚《はら》を立てているような不機嫌なようすをしている。
キャラコさんは、じぶんのいったことが聞えなかったのだろうとおもって、いちばんうしろからゆく、瘠《や》せた、細面《ほそおもて》の、どこかキリストに似たおもざしの頤髯《あごひげ》の男に、もう一度たずねてみる。
「どこへ、いらっしゃるの」
銀縁《ぎんぶち》の古風な眼鏡をかけた瘠せた男は、見かえりもせずに、しめった声で、
「丹沢《たんざわ》の奥へ」
と、こたえた。
キャラコさんには、この一行がどんな職業の人間かわからないが
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