いう機会《チャンス》にめぐまれることがありませんの。……だから、みなさまのような方にお逢いできたのは、あたしにとっては思いがけないしあわせでしたわ。意味もなく歩き廻っていただけですんでしまうかも知れなかったのですものね。……ところで、あたしが、みなさまにお逢いしたおかげで、この旅行は、たいへんな意義をもつことになりました。みなさまのお世話さえしてあげれば、間接に日本のなにかに寄与することになるのですから、こんなすばらしいことってありませんわ。……これが、あたしの決心の動機よ」
山下氏が、むずかしい顔をほころばせて、眼に見えないほどの微笑をした。
キャラコさんは、一歩前へ進み出て、胸を張って、いった。
「あたしは、こんな若い娘ですが、決してグニャグニャではないつもりですわ。それから、父も兄弟も従兄《いとこ》も、みな、あたしを信用していてくれます。あたしに絶対の信頼がかけられているんです。理由のあることなら何をしてもいいことになっていますの。ですから、あたしが、突然飛び込んで来たことで、みなさまにご迷惑をかけるようなことは決してあるまいと思いますわ」
愛想よく笑って、
「……ずいぶんしゃべりましたわ。……申しあげたいことは、まだどっさりありますけど、もうこれくらいにして置きますわ。……どうぞ、あたしをおしゃべりだと思わないでくださいね。ふだんは、これでも無口なほうなんです。あたし、一生懸命だったからなんですわ」
山下氏が、意見をたずねるように三人のほうへ振り返った。三人は思い思いの仕方でうなずいた。
山下氏は、キャラコさんのほうへ向き直ると、冷淡な口調で、いった。
「よくわかりました。……お見受けするところ、あなたは、男の仕事の邪魔をする、やり切れないお嬢さんとはすこしちがうようだ。仕事を助けてくださるという意味でなら、いてくだすって差し支えありません。……みなも、……どうやら……賛成しているようですから」
四
次の朝、まだ薄暗いうちに、四人は元気よく鉱坑のある谷間のほうへ降りていった。
キャラコさんは、たいへん忙しい。
四人の大《だい》の男をじゅうぶんに食べさせ、居心地よくさせ、くつろがせ、慰安をあたえ、休養させ、やすらかに眠らせ、……食べることから、身のまわりのいっさいのことを、十九になったばかりのこの二本の細い腕でやっつけなければならな
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