役に立たない、つまらないものだというふうに考えるそういう考え方も、たいへん不服ですわ。……これは、聞きかじりですけど、欧洲戦争のとき、独逸《ドイツ》の前線にも、聯合国側ほど豊富に女性の慰問の手紙や篤志《とくし》看護婦がどんどん行っていたら、戦争の末期に、あんなひどい意気の阻喪《そそう》の仕方はしなかったろうという事も聞いて知っています。……あたしにいわせると、みなさまのいまの生活は、食事や休養がうまく行っていないことはもちろんですけど、それより、むしろ、女のやさしさとか、慰めなどというものが足りないことがいちばんいけないのだと思います。仕事の能率の上でも、気のつかないところで、どんなに損をなすっていらっしゃるか知れませんわ。……つまり、あたしはそういうことでお手助けしたいと思うのです。……戦争にだって看護婦というものが必要なんですから、みなさまの戦争に、あたしのような娘がひとり加わるのも、無益なことでありませんわ」
赤ら顔の原田氏が、牛のような太い声で、うむ、と、うなった。三枝氏が髯のなかから白い歯を出して微笑した。二人とも、熱心に弁じ立てているこの元気な娘に思わず同感したのである。
山下氏が、三人のほうへチラと振り返ってから、いぜんとして冷静な口調で、
「……それで、どんな動機でわれわれの手助けをしようなどと決心なすったのですか。……それに、あなたはいったいどういうお嬢さんなんです。まだ、それをうかがっていないようでしたね」
キャラコさんが、大きな声で、笑いだす。
「そうですわ。それからさきに申しあげなければならなかったのですわね」
急に、まじめな顔つきになって、
「……あたしのいまの境遇は、すこし奇抜すぎるようなところもありますので、信じていただくよりしようがありませんけど、あたし、最近、ある方からたいへんな財産を譲られましたの。それがあまり評判になったので、父がうるさがって、当分東京へ帰ってくるなというのです。ずいぶん困ったはなしですわね。……嘘でない証拠に、父の手紙をお見せしてもいいわ。……従兄《いとこ》の秋作の意見では、こんな機会にすこし世間を見て置くほうがいいだろうというので、あてなしに旅行をしていたんですの。……ご存知ないかも知りませんけど、今のあたしたちの年ごろの娘たちはどんなに精一杯な仕事をしたがっているか知れませんのよ。でも、めったにそう
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