「なに、って、いつもの通りです」
「いつもの通りって?」
「つまり、いま喰べたようなもの」
「その前の日は?」
「べつに、変わったことはありません」
「それで、お炊事なんか、どうなさるの?」
黒江氏は、ふしぎそうな顔で、キャラコさんのほうに振り返りながら、
「お炊事、って、なんのことです」
「ご飯なんか、どんなふうにしてお炊《た》きになるの」
「ああ、その事ですか。……飯《めし》なんか炊《た》いたことはありませんよ。米は持っているには持っているんですが、とても、そんな時間がないもんだから」
「すると、毎日、朝も夜も乾麺麭《かんパン》ばかり喰べているってわけなのね」
「そうです。この半年ばかり、ずっとこんなふうに簡便《かんべん》にやっているんです。……それでなくとも時間が足らないんだから、できるだけそんなことを切りつめなくては」
「でも、そんなことばかりしていて、身体のほうはどうなるんですの」
「身体?……身体のことなんか関《かま》っていたら仕事なんかできやしません。そのほうは、当分おあずけです。……喰わないわけじゃない、ともかく、キチンキチンと喰べているんだから……」
「乾麺麭《かんパン》ばかりね」
「ええ、そうです」
従兄《いとこ》の秋作氏の友達に、画かきや若い学者がおおぜいいるので、身体のことなんか一向かまわないそういうひとたちの無茶苦茶な勉強ぶりというものを知らないわけではなかったが、それにしても、こんなひどいのは初めてだった。
キャラコさんは、腹が立ってきた。
「なるほど、たいしたもんだわね!」
自分達の仕事が大切なら大切なだけ、こんな無茶苦茶な仕方をしてはいけないのだった。
(こんなにひどく咳をしながら、こんな生活をつづけていたら、それこそたいへんなことになってしまう)
どうしても、このまま放って置けないような気がしてきた。
このひとたちを丈夫にしてあげることは、間接に大きなものに寄与することになる。一分ほど考えたのち、キャラコさんは、四人にくっついてゆくことに決心した。
こういうすぐれた仕事に、じぶんも参加することができると思うと、たいへんうれしかった。
須走《すばしり》の村へつくと、四人は手分けして買物をはじめた。キャラコさんは、そのちょっとの暇を利用して、すぐそばの茶店で、山中湖ホテルにいる立上氏にこんなふうに手紙を書いた。
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