うまで手答えがないものだとは考えていなかった。……研究室の中でなら仕事の過程のうちで、ちょっとした反応がわれわれを慰めてくれたり、希望を与えたりしてくれるもんなんですが、なにしろ、掘れるだけ掘ってしまったあとばかし行くんだから、そこから金を探そうというのは、空気の中でクリプトンを探すよりまだむずかしい。いくら科学の力でも、腐土《ふど》を金にするわけにはゆきませんからな。しかしね、……」
 急に快活な口調になって、
「しかし、今度はどうやらうまくゆきそうです。……今まではね、上総掘《かずさぼ》りというのでやっていたんですが、今までの失敗は、たしかに方法が不完全だったせいにもよるんです。……ところで、こんど、東京で電気|試錐《しすい》機というやつを仕入れて来ましたから、こいつでなら、必ずいい成績をあげることができると思うんです。……その一部分はこの中へ入っていますが、相当しっかりしたやつなんです」
 子供が玩具《おもちゃ》でも楽しむように、眼鏡の奥で眼を細くして笑いながら、手をうしろへ廻して、ポンポンと背嚢《ルックザック》をたたいて見せた。
 須走《すばしり》の方へ峠を降りきると、四人は昼食をするために道ばたへ立ちどまった。
 背嚢《ルックザック》から乾麺麭《かんパン》の包みを取りだすと、掌《てのひら》の中でこなごなにくだき、たいへん熟練したやりかたで唾《つば》といっしょに鵜《う》飲みにしてしまう。
 一枚すむと、すぐ次の一枚にとりかかる。これを、腰もおろさずに立ったままでやっつけるのだった。
 昼食は三分とはかからなかった。
 口のまわりの乾麺麭《かんパン》の粉を払い落として、水筒の水を一杯ずつ分けて飲むと、背嚢《ルックザック》をゆすりあげてサッサと歩き出した。
 キャラコさんは、これだけのことで、この四人の連中が、今までどんな無頓着な日常を送っていたか、なにもかもわかるような気がした。
 仕事に魂をうばわれた、この狂人《きちが》いじみた科学者たちは、まともな食事をするのをめんどうくさがって、朝も晩も乾麺麭《かんパン》ばかり喰べてすましているのにちがいなかった。四人の仕方で、それがはっきりとわかるのである。
 キャラコさんが、やさしく訊問《じんもん》した。
「ずいぶん手軽にすみましたね。……けさは、なにをお喰《あが》りになったの?」
 黒江氏が、大儀そうに、こたえた。
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