…私のは、単性視神経萎縮《アトロフィア・ネルヴィ・オプチジ》という厄介《やっかい》な眼病で、手榴弾《しゅりゅうだん》の破片で頭蓋底を骨折したために、起こったもので、日本では治癒《ちゆ》できませんが、ミュンヘン大学のヘルムショルツ博士のところへ行けば必ず癒《なお》してもらえるあてがあるのです。……しかし、私にはそんな金もないし……」
 ここまでいいかけると、とつぜんいらいらした口調で、
「もう、よしましょう。この話は」
 と、クルリとキャラコさんに背中を向けてしまった。
 キャラコさんは、宿へ帰ると、秋作氏の気付《きづけ》にして、ヘルムショルツ先生の高弟に宛てて長い長い手紙を書いた。
 ……そういうわけですから、この手紙を見次第、鞄《かばん》を持って飛んで来て、ちょうだい。これは、あたしの、めいれいよ。と結んだ。日記には、こんなふうに書きつけた。

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キャラコの信念
佐伯氏の眼は、必ず見えるようになる!
[#ここで字下げ終わり]


 一日おいて次の日、立上氏から、ミヨウゴニチアサユクという電報が来た。
 キャラコさんは、その電報を持っていつものところへ駆けて行った
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