な仕方でキャラコさんの手をふり切って、毒々しい口調で叫んだ。
「いいから、独りで歩かしてください。これから毎日散歩に来なくてはならないのだから、道に馴れておこうと思ってやって来たところなんです。おせっかいはごめんだ」
 黒い眼鏡だけのような顔を、キャラコさんのほうへふり向けると、
「……もっとも、一生私の手をひいて下さるというなら別ですがね。たった一度くらい世話してもらったってなんにもなりゃしない」
 そして、空うそぶくようにして、は、は、は、と笑った。
 すこし、ひどいいい方だったが、キャラコさんは気にもかけずに、
「でも、ここはひどい石ころ道で、とても危ないのよ。……それに、陽もくれて来ましたし……」
 佐伯氏は、ふん、と鼻を鳴らして、
「陽も暮れて来たし……か。私にとってはどっちみち同じこってすよ、お嬢さん。はじめっからまっ暗なんだから。……まあ、放っておいてください。私はめくら[#「めくら」に傍点]だが、あまりめくら[#「めくら」に傍点]扱いにされるのは好きじゃないんです」
 キャラコさんは、すこし悲しくなってきた。しかし、自分があまりうるさくしたのがいけなかったのだと思いかえして、いわれた通りに佐伯氏の腕から手をのけた。
 佐伯氏はステッキで道をさぐりながら、危なっかしい足つきで歩いてゆく。道がわからなくなると、癇癪《かんしゃく》を起こしたようにどこでもかまわず踏み込んで行った。
 キャラコさんは心配でたまらないので、すこしあとからついて行くと、佐伯氏はキャラコさんのほうをふりかえって、
「君はどこか別な道から帰れないの。うるさいから、ついてこないでくれたまえ」
 と、イライラした声で、投げつけるように叫んだ。
 キャラコさんは、
「ええ」
 と、素直にそう返事をして、しばらく立ちどまってから、ずっと離れて見え隠れに宿の入口まで送って行った。
 宿へかえると、キャラコさんは、机に向って日記を書きはじめた。

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 キャラコの失敗
 私は不幸なひとを見ると、すぐ感動してしまう。
きょう、私は夢中になりすぎて、不幸なひとをいら立たせた。
他人の不幸に感情だけで同感するということ。――ことに、衝動的な親切などは何の意味もなさない。私は、私の薄っぺらな同情を佐伯氏に見ぬかれてしまった。
それは、……
[#ここで字下げ終わり]

 ここで、急にペ
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