ていらっしゃるの」
「お気の毒だと思っていますわ」
「おや、たったそれだけ?……ほんとうのことをいってくださいね」
「あたし、嘘なんかいったことはありませんわ」
 茜さんは、ふん、と鼻で笑って、
「自慢らしくいうわね。だいたい、嘘のある齢《とし》でもないじゃないか。あんたなんか、まだ子供だわ。……でも、あんたは別なのかも知れない。……ねえ、かくさずにいってちょうだい。あんた、兄に対して何か特別な感情を持っているんじゃない?」
 キャラコさんは、ゆっくりとかんがえてみる。
 どう考えても、特別なんてことはないようだ。佐伯氏にたいする愛の感情は、秋作氏や立上《たてがみ》氏にたいするそれとちっとも変わりがないように思う。ただ佐伯氏のほうはたいへん不幸なので、どんなことでもして慰めてあげたいという、すこし別な気持が加わるだけのことである。
 キャラコさんは、微笑しながらこたえた。
「特別な感情なんかもっていないようよ」
「じゃ、なぜ、あんなにしつっこく兄をつけ廻すの」
「あなた、考えちがいをしていらっしゃるんだわ。あたし、本を読んであげたり、お話をしてあげたりしているだけなの」
「それ、本当でしょうね」
「本当よ」
「誓うことができて?」
「ええ、誓ってもいいわ」
「そんなら、それでいいから、じゃ、もうこれっきり兄に逢わないようにしていただきますわ」
「あら、なぜでしょう」
 茜さんは、マジマジとキャラコさんの顔をみつめながら、吐きだすように、
「汚《けが》らわしいからよ、あんたのようなひと」
 そばへ寄ってもらいたくないというふうに、殊更《ことさら》らしいしぐさでとなりの幹に移ると、それに背をもたせながら、
「ご存知ないかもしれませんけれど、あたしの一族は純血《ピュウル・サン》なのよ。……だから、あんたのような、うしろぐらいところのある下等なひとはそばへ寄せつけないことにしてあるの。膚《はだ》がけがれますから。……どう、おわかりになって? これでもわからなければ、あんた、すこし馬鹿よ」
 キャラコさんは、思わず立ちあがった。が、すぐ自制した。
(……すこし、頭の工合が悪いのかも知れない。どうも常態《ノルマル》でないようだわ。こんな非常識なひとのいうことにムキになったりしたら、それこそ、こっちがやりきれないことになる。……それにしても、純血《ピュウル・サン》って、なんのこと
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