けが》をしたようなようすもない。それどころか、みな上気したような赤い顔をして、入口にちかいところに手をつないで一列になって突っ立って、笑い出したそうな顔でこちらを見ている。
キャラコさんが、落ち着いた声でたずねる。
「大事件、って、なにかあったの」
ユキ坊やは息をはずませながら、
「また、チャーミング・プリンスに出っくわしたの」
「それは、どなたのこと?」
ユキ坊やは栗鼠《りす》のような黒い大きな眼をクルクルさせて、
「あら、まだ話してなかったんだわ。……うン、じゃ話そう。大事件なのよ」
トクさんが走って来た。
「いやよ、あたしに、話さして」
詩人の芳衛さんも、ピロちゃんも、梓さんも、鮎子さんも、あたしよ、あたしよ、と叫びながら飛んで来て、前うしろからキャラコさんにむしゃぶりついた。
キャラコさんは船のように揺られながら、
「おとなしくなさいね、順々にきいてあげますから」
六人は、急いでめいめいクッションを持って来て床の上に敷き、キャラコさんのまわりに円陣をつくった。
まず、ユキ坊やにたずねる。
「それは、どんな方なの」
「とても上品な、四十歳ぐらいの紳士なの。……ほら
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