、なんていったっけ、アド……」
 陽気なピロちゃんが、うっとりした声でこたえた。
「アドルフ・マンジュウよ」
「そう。……アドルフ・マンジュウのような感じのひとなの。顎《あご》がすべすべして、蒼白い色をしてるのよ」
 画の上手なトクさんが訂正した。
「オリーヴ色よ」
「……オリーヴ色でね、メランコリックな眼つきをしているの。とても上品で、丁寧なの。……素敵でしょう?」
 キャラコさんが、笑いだす。
「ええ、素敵ね。それで、どうしたの」
「……それから、……あたし、うまくいえないわ。梓さん、あなた、おっしゃい」
 梓さんは、れいの熱っぽい眼つきをして、
「あたし、いえないわ。芳衛さん、あなたおっしゃい」
 詩人の芳衛さんは、眼を伏せて、いやいやした。
 キャラコさんは、からかうような眼つきで、みなの顔を見廻しながら、
「おやおや、すっかり優《やさ》しくなってしまったのね」
 チビの鮎子さんが元気な声で、やっつけた。
「ええ、そうなの。あたしたち、そのひとに逢うと、急に胸がドキドキして、すべって転んじゃうのよ。芳衛さんも梓さんも転んだわよ。ピロちゃんなんか、お辞儀をしそこなって前へつんのめ
前へ 次へ
全53ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング