っちゃったんだア」
うっとりするようなその上品な紳士は、丸池のそばの志賀高原ホテルに泊っていて、あまり人の来ない木戸池やモングチ沢のスロープで、静寂な雪山をひとりで楽しんでいるのらしかった。
六人がその紳士に逢ったのは、天狗岩の一本松の下だった。たいへんにスマートな身なりをしたその紳士は、南側のスロープをみごとなスノウ・プルウで降りて来て、六人に丁寧に目礼してすべり去った。
あまり美しく、あまり上品なようすなので、みなうっとりしてしまった。夢からさめると、詩人の芳衛さんが、その紳士に、『チャーミング・プリンス』と名をつけた。みな、心からこの命名に賛成した。
その紳士は、午後になると、きまって志賀ヒュッテの方へ出かけてゆくことがわかったので、そうそうに昼飯をすませると、みな胸をワクワクさせながら見物に出かけるのが毎日の仕事になった。うまく紳士に出っくわして、目礼されたり、短い挨拶をされたりすると、あわてふためいて、すべったり転んだりして大騒ぎになる。そして、夜になると、『ロッキーに春がくれば』を合唱しては、涙ぐむのだった。
ところで、今日、そのうっとりするような紳士をこの山小屋
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