それだけ?」
「あたりまえだア」
「じゃ、ね、ア・ラ・ヴォートル! ……われらの監督さんの安着を祝し、キャラコさんをわれわれのもとへ派遣した長六閣下の寛大なるご処置に感謝いたしまァす」
ア・ラ・ヴォートル! といいながらひと息に飲みほして、だれもみな、あまり美味《うま》くもないような顔をした。
画の上手なトクさんが、
「渋いや」
といって、てれくさそうに舌を出した。
「水臭いだけだ」
と、梓さんがやりかえした。おしゃまのユキ坊やが、
「でも、蓬《よもぎ》の匂いがするよ」
というと、詩人の芳衛さんが、
「あら、菫《すみれ》の匂いよ」
と、抗議した。それから、めいめいいろんな匂いを持ち出して金切り声で主張し合った。
キャラコさんも、だんだん愉快になって来て、みなと頭をくっつけ合わせて、笑ったりしゃべったりした。
窓のそとの大きな星を眺めながら、ピロちゃんのハーモニカに合わせて合唱をした。
『ロッキーに春がくれば』という歌が気に入って、いくどもいくどもくりかえして唄った。そして、みな、涙ぐんだ。
間もなく、眠くなった。
煖炉《オーフェン》のそばでごろ寝したがるのをお尻をた
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