伝わって胸のほうへ流れ込み、咽喉《のど》がカラカラに乾いて呼吸《いき》をするたびにヒリヒリと痛んだ。このままここでへたばってしまうかと思われるようにひどい苦しさに耐えながら、笹や木の枝につかまって一歩一歩登って行った。
見あげるような大きな岩塊のすそを廻って、ようやくその上へはいあがると、すぐ眼の下に木戸池が西洋の手鏡のようなかたちをして、ひっそりと銀色に光っていた。
池を取り巻いている落葉松《からまつ》の林の中に、黒い人影がひとつ見える。
梓さんだった。
梓さんは、雪の上に坐ってぼんやりと池を眺めていた。
キャラコさんは、思わず心の中で叫んだ。
(間に合ってよかった!)
キャラコさんは、大きく呼吸《いき》を吸い込むと、池のほうへ逆落《さかおと》しになっている急傾斜をすべり降りはじめた。樹《き》の空《あ》いているところを見透かしては、十尺ぐらいの空間を直滑降で飛ばし、樹《き》の幹《みき》のすぐ前で雪煙りをあげて急停止する。キャラコさんは、スキーに大《たい》して自信がないので、それこそほんとうに、命がけの仕事だった。
やっとの思いで密林の急斜面をすべり降りると、池の縁《ふち
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