》についてゆっくりと梓さんのほうへ近づいて行き、スキーをぬいで、黙ってそのそばに並んで坐った。
梓さんは、キャラコさんがやって来たことに気がつかないように、振り向いても見ようとしない。吸いとられるような眼つきで、薄氷《うすごおり》の張った池の面《おもて》をジッと見つめている。頬も唇もすき透るように蒼くなって、まるで蝋人形のようなようすをしていた。
キャラコさんは、なんともつかぬ深いため息をつく。
いいたい事はいろいろあるし、どうすれば慰めることができるかよく知っていたが、そんなことは、まるっきり必要がないように思われ出してきた。こうして黙ってそばに坐ってさえいれば、それで、充分心が通ずるのだと思った。
月が、西へ廻り、雪の上の影が、ゆっくりと池の水ぎわのほうへ移って行く。
永久とも思われるような長い時間だった。二人はひとことも口をきかずに、ひっそりと雪の上に坐っていた。
キャラコさんは、もう山小屋《ヒュッテ》のことも、森川夫人のことも、芳衛さんたちのことも、なにひとつほかのことは考えていなかった。雪の冷たさも、夜の寒さも、まるっきり感じなかった。ただ梓さんが気の毒で、そのこ
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