標もなければ、生活する力もない。……なんでも知っている。そのくせ、具体的なことは何ひとつ知らない。正直なところをぶちまけると、本の読み方さえろくに知っていないんだわ。これではあまり希望がなさすぎるわね。だから、こんなことになるんだわ。……もちろん、梓さんの罪ではない。……要するに[#「要するに」に傍点]あまりあたしたちをほったらかしすぎるからいけないんだ。あたしたちの時代《ジェネレエション》にてんで眼を向けようともしないのがいけないんだわ。……学校を出さえすれば、あとは嫁にやってしまうだけなんだから、せいぜい勝手なことをさせて置くさ。……こんなのを、自由というのかしら。……むしろ、惨酷《みじめ》といったほうがいいわ。……いい加減に扱われているんだよ。たしかに、見捨てられているんだ。……あたしたち、まだ独り歩きなどできないんだから、こんな意味で、個性なんか尊重してもらいたかないわ」
 トクさんは、感情の迫った声で、いった。
「その通りだわ。……古い生活の形式が死んで、まだ新しい生活の形式が生まれて来ない。あたしたちは、いま、そんなちぐはぐな時代にいるのね。とりわけ、あたしたちのような、間
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