なったわね。……悲惨だわ、あたしたちにしたって……」
鮎子さんが、眼をあげてチラと芳衛さんの顔を眺め、また、すぐ眼を伏せてしまった。
芳衛さんがどんな意味のことをいっているのか、すぐ、みなの心に通じた。これは、梓さんだけのことではない。ここにいる同じ年ごろの五人の人生にもたいへんな関係のある問題だった。
「梓さんのやつ、助かってくれるかしら。さもないと、やり切れないことになるわ」
トクさんが、寝台の上で身体をゆすった。
「ほんとうに、助かってもらいたいわ」
芳衛さんが、とつぜん甲高い声をだす。
「要するに[#「要するに」に傍点]、あたしたちは観念だけで生きているんだということがよくわかったよ。……ともかく、たいへんな教訓だったわ、あたしたちにとっては!」
トクさんが、悲しそうな眼つきで、うなずいた。
「……あんたのいう通りだわ。……それにしても、すこし、情けなすぎるわね。あたしたち、恋愛だけでしか生活を豊富にすることを知らないのだとすれば!」
芳衛さんは、頭を振って額《ひたい》へふりかかる髪の毛をはらいながら、
「そうよ、そのほかに、いったい、何があるというの?……生活の目
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