いすすり泣きの声をあげる。
「あてにならないわ。そんなこと誰れが保証するの。……ひょっとして、梓さん、死んで帰ってくるんじゃないかしら」
 誰も返事をしなかった。
 みなの心に、不安な思いが、またドっと雪崩《なだれ》のように落ちかかって来た。
(死んで帰ってくるかも知れない……)
 ……キャラコさんが、シオシオと山小屋《ヒュッテ》の扉口へ姿をあらわす、そして、
「とうとう、間に合わなかったわ」
 と、低い声で、みなに告げる。
 キャラコさんのうしろから、木戸池小屋の小屋番にかつがれた梓さんが入ってくる。熱情家で、誰れよりも聡明だった梓さんが、死体になって広間の長椅子の上に横たえられる。……棒のようにカチカチになった髪に氷がキラキラとからみつき、胸の上に手を組み合わせて、ひっそりと眼を閉じている。死んでしまった梓さんの白いさびしそうな顔……。
 芳衛さんが、揺椅子の中で、急に身体を起こす。椅子が、ひどい音をたててキュッと鳴った。鮎子さんとユキ坊やが、おびえたように、ギョッとこちらへ振り返った。
 芳衛さんが、嗄《かす》れたような声で、いった。
「どうしよう。……ともかく、たいへんなことに
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