なんでしょう! ……夫人《おく》さん、あなたは愛情というものを、たいへん低く見ていらっしゃる」
 森川夫人は、しずかに、いった。
「愛情というものを信ずればこそ、そう申しあげるのです。……朝治《あさじ》さん、ほんとうのことをうち明けますが、じつは、梓は房枝の娘なのです。これは、どういう意味か、あなたにはよくおわかりになるでしょう。あたしの申しあげることは、これだけですわ」
 それから、十五分ほどすると、チャーミングさんは、影のようになって、よろよろと山小屋《ヒュッテ》を出て行った。

 夕食がはじまったが、梓さんは広間へ降りてこない。
 チャーミングさんが山小屋《ヒュッテ》へやって来ると、キャラコさんは、みなをひとまとめにして乾燥室へ押し込んで『おはなし』をはじめた。梓さんは、すっかり落ち着いてニコニコしながらきいていたが、三十分ほど前、ちょっと、といって二階のほうへあがっていったきり、乾燥室へ戻ってこなかった。みなは寝室へ長くなりに行ったのだとばかし思っていたが、部屋の中は、からっぽだった。
 玄関へ行ってみると、梓さんのスキーがなかった。森川夫人が思い切った告白をしたすぐあとで、玄
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