しみじみとしたその声をきいていると、ひき込まれて思わず夢心地になる。
森川夫人は、いっしんに気をとりなおして、
「さあ、もうずいぶんしゃべりましたね。そのくらいにして置いてください。……あなたは、梓があたしの娘だとわかったら、あの娘からだまって手をひいてくださるでしょうね。……あの娘の幸福を思ったら、どうぞ、黙ってここから出て行って、二度と梓の前に現われないでください」
チャーミングさんは、悲しそうに首を振って、
「でも、私に別れたら、梓さんはきっと死んでしまうでしょう」
森川夫人の頭のすみを、あわれに取り乱した梓さんの姿がチラとよぎった。やるせない涙がクッと胸《むな》さきにつっかけて来た。梓は、ほんとうに死ぬかも知れない。妹もあの時そうだった。いよいよ最後の決心をしなければならない時が来たと思った。
(たとえ、どんなひどい嘘をついても!)
森川夫人は、微笑しながら、
「あなたは、ほんとうにあの娘を愛してらっしゃいますか」
「あなたは、何んということをおたずねになるのです」
「そんなら、……もし、そうなら、あなたは、あの娘を死なせるようなことはなさらないでしょうね」
「いのちが
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