。
その後《ご》、チャーミングさんの絵がリュクサンブウルの博物館《ミュウゼ》にはいったという評判や、相変らず独身で南|仏蘭西《フランス》を遊び廻っているという噂を耳にしたが、この七八年、ふっつりと風聞《ふうぶん》をきかなくなった。
そのチャーミングさんが、こんどは梓の愛人として、十八年もたったいま、とつぜん森川夫人の前に現われて来た。
チャーミングさんは、すらりとした長身をゆったりと椅子の中にのばし、沈鬱《メランコリック》な眼ざしで静かに煖炉《いろり》の火を見つめている。長らくの放蕩《ほうとう》で、どこか疲れたようなようすをしているが、美しい面ざしはむかしとすこしも変わらない。
森川夫人は、思わず絶望しうめき声をあげた。
じっさい、女の敵の中で、チャーミングさん以上に恐ろしい相手はない。どの女も、うち勝つことができなくて、みな、この男に滅ぼされてしまった。とても自分などが太刀打《たちう》ちできる相手ではないと思うと、心が萎《な》えたようになって、何をいうのも覚束《おぼつか》ない気がするのだった。
しかし、この男のために、妹までか、だいじなたったひとりの娘の幸福までがむざむざ
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