のように真っ白くなり、よろめくように椅子から立ちあがった。

     五
 チャーミングさんは、森川夫人の妹の房枝《ふさえ》さんが、外務参事官のお父さんと巴里《パリー》に住んでいたころの愛人だった。
 チャーミングさんはそのころから画の勉強をしていて、二三の画商に才能を認められていたが、画かきというよりはむしろ詩人といったほうがいいような極端な夢想家で、仕事をするよりは寝ころんで夢を見ている時間のほうが多かった。ひどい|移り気《キャプリシュウ》で、何かにひどく熱中するかと思うと、すぐ飽きて、次の日になると瘧《おこり》でも落ちたように見向きもしなくなる。熱烈で慇懃で聡明で執拗で冷酷で、……要するに、生まれながらあらゆる悪魔的なものを身につけたような男だった。
 房枝さんは、そのころ二十歳《はたち》になったばかりの心のやさしい娘だったが、わずか半年ほど楽しい日を味わっただけで、古い上靴のようにあっさりと捨てられてしまった。薄情な愛人の心をひきとめようとして、若い娘が考えつく限りのことをしたが、結局、つらい思いをしてあきらめるほかなかった。そして、その年の秋、胸を病《や》んで死んでしまった
前へ 次へ
全53ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング