でいいだした。
「ええ、話せます。……その方はね、画の勉強をして、長い間たいへん奮闘したひとなの。いろんなつらい目にあっても、絶望せずにいっしょうけんめいにやり通したのよ。……そんな話をしていると、あまり悲しいことばかりで、その方は泣き出してあとをつづけることができなくなるの。そして、その気持をいろいろなたとえをひいてあたしに説明してくださるの。あたし、そのお話をきいていると、なんともいえないほど気持が沈んできて、急におとなになったような気がするんです」
「それで、あなたのほうでは、どんなお話をするの」
「あたし、まだ子供だから、あなたを慰めてあげることはできませんね、って」
「すると、その方は、どうおっしゃるの?」
「いいえ、あなたは、どんな大人よりもっと大人ですって、おっしゃるの。聡明でもなく、心もやさしくないひとは、いくつになっても子供とおなじなのですから、って。……だから、あなたがこうして私のそばにいてくださるだけで、ずいぶん元気が出るんです。ずっとずっと長くそばにいてくだすったら、もっともっと勇気が出るでしょう、って。……だから、あたし、その方と結婚することにしたの」
「あな
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