たが、結婚しようといったのね」
「いいえ、最初はあの方がおっしゃったのよ。お互いに、こんなに好きになった以上、結婚するのが本当だって。……あたしが結婚してあげなければ、あの方は死んでしまうかも知れないわ。……もういちどお目にかかれるでしょうね。もし、もうこれでお目にかかれないんなら、私は、たぶん、もう生きていません、って」
 梓さんは、ちょっと言葉を切ると、急に眼にいっぱい涙をためて、ほとばしるような声で叫んだ。
「あたしだってそうよ。ママ、あたしだって、そうなの!」
 森川夫人は弱りきった心をおしかくそうとするように、すこしきつい口調になって、
「あたし、あまりあなたを甘やかしすぎたようね。あなたはまだやっと十八になったばかりなのよ。それに、その方はあなたより二十も二十五も年上の方なのでしょう。もう、およしなさいね、そんなお話は……。ママも聞かなかったことにしますから」
「お願いです、ママ!」
「いいえ。……ママはその願いをきいてあげることはできませんが、あなたをほんとうに幸福にすることは知っているつもりです。どうか、ママのいうことをきいて、ちょうだい」
「ママの考えていらっしゃる幸
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