を持ち出して蝋燭《ろうそく》に火をつけて、それをズラリと窓ぎわへ並べ立てた。
山小屋《ヒュッテ》の窓々《まどまど》は、暗い海を照らす灯台のように、明るく、温かくまたたいた。暴風《あらし》の海へ出た肉親の帰りを待つような真剣な顔つきで、いっしんに窓のそとの物音に耳を立てていた。誰も夕食をするものはなかった。
五人のうちで、陽気なピロちゃんがいちばんしっかりしていて、梓さんがいつも坐る椅子を煖炉のそばへ運んだり、梓さんの上靴を暖めたりして、ひとりで甲斐がいしく働いていた。そして、
「うん、もうじき帰ってくる」
と、いくども同じことをつぶやいた。
七時すぎになって、ようやく梓さんが帰って来た。
唇まで紫色になって、歯の根も合わないように身体をふるわせながら、眼を伏せて煖炉のほうへ寄って来た。裾《すそ》にも髪にも氷がからみつき、涙をもよおすようなあわれなようすをしていた。
みな、涙ぐみながら、てんでに毛布やクッションを持ち出してきて、幾重《いくえ》にも梓さんの身体に巻きつけて『着ぶくれ人形』のようにしてしまった。
陽気なピロちゃんが、熱い紅茶を持ってきて、梓さんの口もとへもって行
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