を持ち出して蝋燭《ろうそく》に火をつけて、それをズラリと窓ぎわへ並べ立てた。
 山小屋《ヒュッテ》の窓々《まどまど》は、暗い海を照らす灯台のように、明るく、温かくまたたいた。暴風《あらし》の海へ出た肉親の帰りを待つような真剣な顔つきで、いっしんに窓のそとの物音に耳を立てていた。誰も夕食をするものはなかった。
 五人のうちで、陽気なピロちゃんがいちばんしっかりしていて、梓さんがいつも坐る椅子を煖炉のそばへ運んだり、梓さんの上靴を暖めたりして、ひとりで甲斐がいしく働いていた。そして、
「うん、もうじき帰ってくる」
 と、いくども同じことをつぶやいた。
 七時すぎになって、ようやく梓さんが帰って来た。
 唇まで紫色になって、歯の根も合わないように身体をふるわせながら、眼を伏せて煖炉のほうへ寄って来た。裾《すそ》にも髪にも氷がからみつき、涙をもよおすようなあわれなようすをしていた。
 みな、涙ぐみながら、てんでに毛布やクッションを持ち出してきて、幾重《いくえ》にも梓さんの身体に巻きつけて『着ぶくれ人形』のようにしてしまった。
 陽気なピロちゃんが、熱い紅茶を持ってきて、梓さんの口もとへもって行
前へ 次へ
全53ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング