にかこまれた真っ青な木戸池がすぐ眼の下に見える。二人は、池のそばの、何ひとつ物音のきこえないしんとした林の中に並んで坐っていた。二人ながら憂鬱なようすでおし黙ったままいつまでたっても身動きもしない。夕陽が薄れかけ、落葉松の長い長い影が雪の上でよろめいていた。
キャラコさんは、二人のようすをひと眼見るなり、自分が考えていたよりも、もっとたいへんなことになりかけているような気がして、思わず胸がふるえた。
キャラコさんは、梓さんを見つけたら、気軽に誘って連れかえるつもりだったが、このようすを見ると、すぐ思いとまった。誘ったところで、しょせん無駄だとさとったからである。
キャラコさんは、小さなためいきをひとつつくと、山小屋《ヒュッテ》の方へひきかえしながら、祈るように心の中で、いった。
「どうぞ、早く帰って、ちょうだい」
山小屋《ヒュッテ》へ帰ると、夕食の支度ができていて、みなが、梓さんとキャラコさんを待っていた。煖炉のそばへ集まって心配そうな顔をして黙り込んでいた。だれも同じことをかんがえているのだろうが、口に出していうものはなかった。
六時をうつと、キャラコさんはありったけの燭台
前へ
次へ
全53ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング