――」
「やッつけろ――イ」
 梓さんは身体をかがめると、銀色に光るスロープにあざやかなシュプールをひきながら、一団の雪煙りになって弾丸のように滑降して行った。キャラコさんは、ちょっと心配そうな顔つきで眺めていたが、梓さんがみごとなフォームで制止したのを見届けると、スラロームを描きながらゆっくりと降りて行った。

 毎年の例では、大姉さまの朱実さんか森川夫人が、お転婆《てんば》さんたちの世話やきと監督にやってくるのだが、今年は、長兄と次兄が二人ながら戦地へ行っているのと、朱実さんのお嫁入りがちかづいたのとで、とてもこんなところへ来ていられない。
 こういう場合には、いつもキャラコさんに白箭《しらは》の矢がたつ。
 森川氏も森川夫人も、二人ながら熱心な長六閣下の帰依者だが、それと同時に、沈着で聡明な長六閣下の末娘にも絶対の信頼をおいている。キャラコさんにさえ任せておけば、どんな心配もいらないのである。手に負えない梓さんたちの組も、この小さな先輩をこころから好いて、『常識《コンモン》さん』のいうことならなんでもきく。
 川奈の国際観光ホテルで、あんな思いがけないことがあった翌々日、東京の森
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