の中腹へよびかける。
「は、や、く、来いよウ」
 朝日山の北側のスロープの中腹に、赤煉瓦の煙突《チムニイ》をもった石造のしゃれた山小屋《ヒュッテ》が建っている。
 窓のあけかたや、長押《なげし》の壁に日時計をつけたところなどをみると、南|瑞西《スイス》のモン・フォールの山小屋《キャバーヌ》をまねてつくったものだということがわかる。
 日本信託の森川氏が、娘やその友達のために建てたもので、毎年《まいとし》、一月のはじめごろになると一行が、料理番の婆やと女中をひとりつれてやってくる。日本女学園のやんちゃな連中で、このスロープを自分たちだけで独占して、朝から夕方までたいへんな騒ぎをやらかす。
 山小屋《ヒュッテ》の入口から、アストラカン・クロスの上衣《カーディガン》に派手なマフラアを巻きつけた森川氏の末娘の梓《あずさ》さんがヒョックリと出てくる。つづいて、黒いウールンのスキー服を着たキャラコさんがスキーをかついで現われてくる。
 梓さんは締金具《ピンドング》をしめ終ると、麓《ふもと》のほうへ片手をあげて叫ぶ。
「おうい、直滑降だぞォ」
 麓にいる連中が、怒鳴ったり、拍手したりする。
「やれイ
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