んは顔をしかめて、
「放ってお置きなさいよ。きっとまた興にのって、どこかですべっているのよ。お名残《なご》りに笠山《かさやま》まで行こうかなあ、なんていってたから」
 ピロちゃんは、
「ふうん、そうなのか、ふうん」
 と、納得しないような顔つきをしていたが、急にやかましくハーモニカを吹きだした。
 トクさんは、とうとう怒って、
「ピロちゃん、うるさいわよ。勉強してるんじゃないの」
 と、きめつけると、ピロちゃんは、
「うへえ、大した勉強だな。みんな鼻の頭ばかりなでているじゃないか」
 と、やりかえしておいて、ハーモニカを吹きながら二階へあがって行ってしまった。
 キャラコさんは、揺椅子《ロッキング・チェア》にかけて、愉快そうに笑いながら編物をしていたが、心の中はなかなかそれどころではなかった。すこし、気になることがあるのである。
 ふだんは、すこしにぎやかすぎるくらいで、独りでいることの嫌いな梓さんが、チャーミングさんがお茶に来た次の日あたりから急にものをいわなくなり、広間の隅や寝室の窓のそばでぼんやりと坐っていることが多くなった。熱のある子供のようなうっとりとした眼つきをし、なにかた
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