いったい、どんな色に塗ってありますの?」
 だいたい、こんなふうだった。
 感激家の芳衛さんは、座興までにといって、ヴァイオリンを弾《ひ》いた。熱心のあまり、すこしキイキイいわせすぎたようだった。演奏が終ると、紳士は音楽の一節をほどよくほめ、来た時と同じように、静かに帰って行った。

     三
 毎日、天気がつづき、窓をあけると、一月とは思えぬようなおだやかな微風が、かすかな春の息吹きを含んでそよそよと吹きこんで来る。
 詩人の芳衛さんが、深い息をしながら、
「木蓮《もくれん》と薔薇《ばら》と沈丁花《ちんちょうげ》の匂いがする」
 と、感傷的な声でつぶやいた。ほんとに、このまま春になってしまうかと思われるような暖かさだった。
 みな、あんなにのぼせあがったくせに、いちどお茶に招《よ》ぶことに成功すると、それからはチャーミングさんのことであまり大騒ぎをしなくなった。わざわざこちらから出かけて行かなくとも、チャーミングさんのほうから時々遊びに来るようになったし、それに、そろそろ学期のはじまりが近づいて来たので、このごろは級《クラス》や学校の話ばかり出るようになった。
 みな、すこしずつ
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