ている。頬は丁寧に剃られて子供の頬のようにつやつやと光っていた。なんともいえない気品のある鼻と、かたちのいい唇をもっている。顔にはどこか疲れたような色があるが、それは、このすぐれた面《おも》ざしに一層の深味をあたえ、たとえようのないメランコリックな美しさをつくりあげていた。
しかし、このやんちゃなお嬢さんたちが、いつまでもそうはにかんでばかりいるわけはなかった。チビの鮎子さんがまず口を切ると、あとは乱脈になって、みな、むやみやたらにしゃべりだした。
ところで、梓さんだけは、たいへんにすましている。どうやら、この山小屋《ヒュッテ》の主人としての品格をたもとうとしているらしかった。
自己紹介をかねたおしゃべりが一段落つくと、話題はスキーのことに移っていった。
紳士は登山家でもあるらしく、グラン・コルニエやエクランに登ったというような話をした。
みなアルプス登山の話を根掘り葉掘りききだした。話の興味よりも、すこしでも長くひきとめておこうという計略らしかった。
「……シャモニイという町のまん中をアルブという川が流れていまして、その上に小さな橋が……」
「あら、素敵ですこと、その橋は、
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