までも食卓《テーブル》にへばりついているといって拳固《げんこ》で背中をこづいた。キャラコさんのほかは、みな、ちょっとフォークをつけただけでさげさせて、料理番のすぎ婆やを仰天させた。
ちょうど三時五分になると、扉《ドア》の打金《ノッカア》の響きがきこえた。
ユキ坊やとピロちゃんは、ゾッとしたように眼を見合わせ、芳衛さんとトクさんは気が遠くなるような眼つきをした。キャラコさんが立って行って扉《ドア》をあけると、そこに、四十二三の、スラリと背の高い中年の紳士が、慇懃なようすで立っていた。
ブリチェーズのようになった仕立てのいいトイルのパンツをはき、緑がかった水色の杉織《ヘリングポーン》の長胴着《ウエスト》の上にしゃれたカバード・コートを着ていた。むぞうさなようで、どこといって隙のないスマートな身ごしらえであった。
紳士が広間へ入って来ると、鮎子さんが煖炉《だんろ》の前の椅子へ案内して森川氏の葉巻をすすめた。紳士は比類のない丁寧な口調でそれを断わると、白い長い指でキリアジを取り出してゆっくりと火をつけた。
蒼白い広い額《ひたい》のしたに煙ったような黒い眼があって、熱情と沈鬱をあらわし
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