たちは、お互いの勇気を、もっと信用し合わなくてはいけないな」
「だから、いい教訓だといったわ」
「ほらね、ちゃんと知ってるじゃないか。……泣くことも、恐がることもいらないんだ。だまって信じてればいいんだよ、梓さんの理性を」
 ユキ坊が、とつぜん横合いからひったくった。
「あたしたち、いくども誓い合ったわね。いろんな場合に理性でやってのけよう、って。……自分たちの時代のためにも、もっと、しっかりする義務があるって。……梓さんだって、たぶん、それを忘れちゃいないよ。決して、馬鹿げたことはしない。あたし信じてる!」
 ピロちゃんが、うなずいた。
「そうなんだ。……キャラコさんを見ろよ。ちっとも、うろたえてもいなければ、あわててもいなかったぜ。キャラコさんは梓さんの理性をちゃんと信用しているんだ。……間もなく、きっと連れて帰ってくる」
 鮎子さんは、うれしそうに手を拍《う》ち合わしながら、
「そうよ、そうよ。きっと、連れて帰ってくるわ。すくなくとも、そう考えるほうが、友情というもんだわ」
 トクさんが、ようやく泣きやむ。
「そうね、たしかにそうだったわ。……でもね、……じゃ、いったい、何しにわざわざ池へなど行ったのかしら」
 ユキ坊やが、はぐらかすように、いった。
「こんなことぐらいじゃ死なないって、よく自分自身にいいきかせるためにさ」
 ピロちゃんが、たしなめる。
「そんなふうに、ふざけるのはよしなさい。……何しに行ったか、って? トクさん、それは、あなただって知ってるはずだわ。……つまり、ひと泣き、泣きに行ったのさ。それくらいのことはゆるさるべきだわ。あたしたちは、まだ若いんだから……」
 みな、すこしずつ元気になった。鮎子さんが、また、だしぬけに大きな声で、いった。
「……ねえ、梓さんが死にに行っただなんてまっさきに騒ぎ出したのは、いったい誰だったの?」
 ピロちゃんが、こたえた。
「森川夫人さ」
「ああ、そうだったわ。それで、みな、釣り込まれてしまったのね、いやだわ」
 芳衛さんが、人がちがったような快活な声で、いった。
「そんなにも、あたしたちを知らなすぎるんだわ。すこし、説明してあげる必要がありそうね」
 トクさんが、すぐ受けて、
「そうね、慰安のためにもね。……ともかく、おばさまをあんなふうにひとりで放って置いてはいけないわ。みんなで行って、何かお話でもしてあ
前へ 次へ
全27ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング