げましょうよ」
 ピロちゃんが、元気よく立ちあがった。
「賛成だ。ボク、うまい話をしてやる」
 五人が広間へ降りて行ってみると、森川夫人が、煖炉のそばの安楽椅子《ソファ》に沈み込んで、ひとりで泣いていた。
 五人は、森川夫人を取り巻いて床の上へ坐った。
 ピロちゃんが、のんきな声で、いった。
「おばさま、そんなにお泣きにならなくとも大丈夫ですよ。梓さんは、もうじき帰って来ます。なにしろ、キャラコさんがちゃんと引き受けたんだから。……おばさま、あなた、ちっともご存知ないんですよ。あたしたち、どんなに元気があるか!……子供のようにしか見えないのは、あなたのお勝手だとしてもね!」

     七
 踏みつける雪が、スキーの下でキュッキュッと鳴る。
 雪の原のはるか向うに、栂《とが》の樹《き》に吹きつけられた雪が団子《だんご》のようにかたまりついて、大きな雪人形のような奇怪なようすで立っている、降ったばかりの雪の上に、シュプールが、一本、まっすぐにその方へつづいている。梓さんがすべって行ったあとだ。
 それにしても、なんという広大な雪の世界だろう。涯《はて》しもない茫漠《ぼうばく》たる雪原がただ一面に栄光色に輝いて、そのすえは同じような色の空のなかへ溶けこんでいる。雪の大海原。しんとした蒼い光暈《ハロオ》の中を、たった一人で進んで行くと、このまま月の世界へでも入って行ってしまいそうなふしぎな幻想に襲われる。
 キャラコさんは、とりとめのない、蒼白い雪原の中で、さかんな雪煙りをあげながら緩《かん》傾斜のトレールをしゃにむにのぼって行った。
 キャラコさんは、梓さんがこのくらいのことで自殺するはずがないと固く信じていた。しかしまだ人生の複雑な起伏をあまり多く経験していないので、こんな場合、感情がどんな昂揚《こうよう》のしかたをするものか、はっきりとわかりかねるところがあった。
 梓さんは、房枝叔母さまを捨てた無情な愛人は、実は、チャーミングさんで、しかも、自分がそのひとの子供だということまで聞いてしまったのにちがいない。梓さんばかりではなく、この年ごろの少女にとっては、これは、たしかに致命的な打撃だったに相違ない。
 キャラコさんは、梓さんのしっかりした気質に充分期待をかけているのだったが、打撃のひどさを考えると、その自信もゆらぎかける。もしや、と思うと、気がうわずって来て、つ
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